青また青 獸木野生(伸たまき)

漫画”青また青”は、作者の獸木野生が、まだ、旧ペンネームの伸たまき名で発表していた頃の中編作。(A5版の初版が1990年発行)

A5版と、文庫版で、同時収録されている作品が異なるので、ここでは同時収録の作品は扱わず、”青また青”にのみ言及します。

主人公のシングルマザーの小説家ビダーは、生い立ちもその後の人生も、いわゆる”普通”の境遇とは程遠く、彼女の周囲の人たちも皆、世間的に見ればひとくせも、ふたくせもある人たちばかり。
そこにさらに、ビダーが11歳の時に爆発事故で亡くなった、隣人の石油技師への思いや、無差別殺人が絡んで、織りなされていく物語です。

無差別殺人まで出てくるので、完全にフィクションではありますが、高校に行かずに漫画を描いて、デビュー前に結婚、出産、別居までを経験しているあたりは作者の経験が入り込んでいるので、フィクションと現実が入り交じっている、不思議な感覚があります。

作者の絵柄は非常に独特ですが、この”青また青”の頃の絵柄は、比較的一般の読者にも入りやすいと思います。(私個人としては、この作品よりもう少し以前の、甘さが少ない絵柄の方が好きですが)

作中には印象的な言葉が多く、140頁ほどの作品で、永く心に残る言葉がここまで詰め込まれている作品は他にないです。とにかく言葉の濃度が濃い。

言葉だけ抜き出すと、空気が伝わりにくいととは思いますが、以下、引用です。

フェル「全部そうとは限らないけど、本ていうのは不思議だろ。
自分じゃ言葉にできなかったけど、確かに思ったり感じたりしたことが書いてあるんだ。
でなきゃ生まれる前か、とにかくどこかで知ってたことが・・・ひどくなつかしい感じなんだ。
だからぼくは君や作家たちは何か特別な鍵を握っているんじゃないかと思ってたよ。何かの秘密をね。仙人かそんなものみたいに。」
ビダー「秘密なんかしらないわ。」
フェル「それじゃぼくらとおんなじだ。」
ビダー「・・・そうよ。おんなじよ。わたしもそれを捜しているのよ。」

 

そして、獸木作品は、辛口の会話がウィットに富んでいて非常に好きです。

記者「ボイドさん、大量殺人犯とはいえ、ナイフひとつの相手を撃つのはどんなお気持ちでした!?」
ビダー「ジョーズだってアゴしか持ってないわよ。」

アメリカ文学は少ししか読まないので、知ったかぶりで書くのも恥ずかしいですが、ガープの世界を読んだときと似たような感覚がありました。ガープの世界の方が、ずっとアクが強いですが、”青また青”は現実世界とのリンクが、作品を浮ついたものにしないための、一種のおもし(いい意味で)のようになっています。

そのおもしも含め、作品中を流れている独特の世界が、他の作品に代替できない不思議な世界で、私は大好きです。

毛色は異なりますが、ジョン・メイブリィ監督の映画”リメンバランス 記憶の高速スキャン”(英題 Remembrance of Things Fast)は虚構の世界で、登場した人が本当の話をするというもので、それもずっと印象に残っているので、現実と虚構が混じり合っている世界が私は好きなのだと思います。

初めてこの作品を読んだとき、私は高校生くらいで、「よくわからないが印象に残る漫画」くらいの感想でしたが、大学生くらいの頃には、大好きな作品になりました。何度となく読み返しました。一人暮らしを始めたときも、結婚したときも、迷わず持って行きました。
作者は、自身のサイトで「一種の失敗作」と言っていますが、私は大好きな作品です。
これ以外にも、彼女の作品は作者自身の評価と、私の評価がかなり大きくずれていて、あまり良い読み手ではないのだろうな・・・と軽く凹みますが、良いと思うものは、良い。

子供の時期を抜け出して、色々なことに対峙し始めた20代くらいの人に読んで欲しい作品です。
一般受けのメジャーな作品にはならなくとも、若い人に長く読まれ続けて欲しい作品の一つが”青また青”です。